【感想】絲山 秋子「海の仙人」【あらすじ付き】

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雑記
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ご挨拶

こんにちは、こんばんは、ちまです。
寒くなってきましたね。私は最近食欲が爆発して困ってます(笑)
今日お話しするのは、絲山秋子さんの「海の仙人」です。

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あらすじ

宝くじに当った河野は会社を辞めて、碧い海が美しい敦賀に引越した。何もしないひっそりした生活。そこへ居候を志願する、役立たずの神様・ファンタジーが訪れて、奇妙な同居が始まる。孤独の殻にこもる河野には、二人の女性が想いを寄せていた。かりんはセックスレスの関係を受け容れ、元同僚の片桐は片想いを続けている。。

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ひとり言

絲山秋子さんの「海の仙人」を読みました。
河野勝男は、宝くじで3億円が当たり、それを機に仕事を辞め、敦賀の海の近くに家を購入し『海の仙人』のように、静かで気ままな生活を送っていました。
そんな春の終わりのある日、河野の家に「ファンタジー」と名乗る日本人離れした顔を持ち白いローブを着た四十がらみの男性が突然現れ、同居することになります。
ファンタジーは、自らを神の親戚のようなものだと言い、好き勝手に現れては消え、できる事と言えば孤独な者と語り合うことくらいです。ファンタジーは、その存在が見える人と見えない人、見えてもファンタジーと認識出来ない人がいます。
そんなある日河野は港で、中村かりんという女性と出会います。河野は彼女に声をかけ、やがて二人はプラトニックな交際を始め、徐々に恋愛関係へと発展していきます。
そうした中、河野にずっと好意を抱いている元同僚の片桐妙子が遊びに来ます。その時妙子は河野から、かりんとプラトニックな交際をしていることを聞き、子供の頃新潟で姉から受けた体験から、プラトニックな交際しか出来なくなったことや孤独の殻から抜け出せず、仙人のような暮らしをしていることを知ります。妙子は河野を新潟行きへ誘い、ファンタジーも一緒に三人で向かいます。新潟行きは、河野にとって子供の頃の姉との過去と向き合い、孤独を受け入れ仙人のように暮らしている現在の自分を見つめ直す旅でした。けれども新潟に着いて姉を訪ねたものの、河野は姉から拒絶され追い返されてしまいます。その時取った、妙子の素早い行動には驚かさせられました。
「ファンタジーって何者?」と思いながら、いつ彼が出会った人に影響ある行動を起こすのだろうと興味深く読み進めました。
ファンタジーは特に何もすることはなく、孤独な人の前に姿を現わすようです。そのため、孤独な人の心の奥底にある存在なのかと思いましたが、それも少し違うような気がします。
けれども、この物語の重要な登場人物には違いありません。時折、「俺に救われるのではない、自らが自らを救うのだ」など、思わずハッとさせられるような印象的な言葉を残します。ファンタジーの存在によってこの物語に、何か独特な世界観を感じ、「孤独」を受け入れ、「孤独」と向き合うとはどういうことなのかということを考えながら読みました。
河野とかりんの幸せな時は永くは続かず、かりんは末期の癌のためホスピスに入ります。かりんの家族からの嫌がらせもありましたが、河野は妙子のアドバイスを受けながら、最期の時までかりんに献身的に接します。河野とかりん、河野と妙子の関係、孤独な人の前に現れるファンタジーとの関係性を興味深く感じながら、特に河野にずっと想いを寄せながらも、さっぱりとした付き合いをする妙子の存在が気になりました。河野やかりんと違い、妙子はファンタジーをファンタジーと認識していませんが、何の違和感もなく、ファンタジーを受け入れます。妙子らしいと思いました。本文中に「孤独は心の輪郭」・「あたしは一人だ。それに気がついてるだけマシだ」という妙子の言葉が出てきます。自分で自分の孤独を把握している人にはファンタジーがそういう存在に見えるのではないかと思いました。
河野は、かりんが亡くなってまた殻に閉じこもった生活をしますが、一年後のある日、家中の窓を開け、以前やっていたチェロを始めます。そして、浜でチェロを弾いている時、雷に打たれ河野は失明してしまいます。その後、一人でその時と同じ浜でチェロを弾いている時、久しぶりにファンタジーが現れます。これまで通り河野と何気ない会話を交わしている時、ファンタジーは来客の存在を感じ「これで失礼する」と去って行ってしまいます。そしてその直後、最後に会ってから長い年月を経て「カッツォ!来たよー」と妙子が訪れるのです。失明した河野に会ってからの、河野に対する妙子の思いやりに満ちた素早い行動が目に見えるようです。
ファンタジーは、孤独でいることが辛いと感じた人の前に現れるのではないでしょうか。ファンタジーが言ったように、孤独でいることが辛いと感じたら、何らかのきっかけを掴んで自らがその殻から飛び出し、自らが自らを救うしかないのではないのではないかと思いました。ファンタジーはそうしたメッセージを伝えるためのメッセンジャーとしてこの物語に登場したのではないかと感じました。
ファンタジーに会ってみたいと思いましたが、会わない方が幸せなのかもしれないですね。

今日が幸せな一日でありますように。

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