【小説】宮部 みゆき「さよならの儀式」【感想・あらすじ】

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ひとり言
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ご挨拶

こんにちは、こんばんは、ちまです。
梅雨の時期になり雨の日が多くなってきました。
洗濯物は乾きませんが、雨が降っているのを見るのは楽しいです。
今日お話しするのは、宮部 みゆきさんの「さよならの儀式」です。

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あらすじ

家庭用ロボットが普及した近未来、主人公の「俺」は、ロボットの廃棄手続きを担当する窓口担当として勤務しています。ある日、窓口に一人の若い娘が訪れます。孤児院の職員の娘が廃棄しようとしているロボットは、老朽化した古い機種のものでした。
娘は、ロボットをハーマンと呼び、ロボットに深い愛情を持っていました。孤児だった娘が孤児院で長年一緒に暮らしていたハーマンは、娘にとって家族同然の存在でした。
俺もまた孤児で、娘のロボットに対する愛情を見せつけられた俺は、孤独を感じ、「俺はロボットになりたい」と思うのでした。

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ひとり言

宮部 みゆきさんの「さよならの儀式」を読みました。
8編からなるSF短編集です。今回はその中から表題作にもなっている、家庭用ロボットが普及した近未来の物語である「さよならの儀式」を取り上げたいと思います。
ロボット技師の「俺」は、ロボットの廃棄手続きの窓口担当として勤務しています。この窓口には、ロボットと別れ難い人々が訪れるため、技師のあいだでは密かに「カウンセリング・コーナー」と呼ばれています。
ある日、俺のいる窓口に、一人の若い娘が訪れます。娘は〈野口奉公会〉という孤児院の職員で、老朽化したロボットの処分の手続きに来たのです。娘は、ロボットをハーマンと呼び、ロボットに深い愛情を持っていました。ハーマンは今までに何度か深刻な動作不良を起こしていましたが、事故報告をするとハーマンが回収されてしまうため、孤児院の職員は法律で定められた事故報告をせず、今までハーマンと一緒に暮らしていたのです。
娘は俺に、新しく購入するロボットにハーマンの記憶を移行して欲しいと頼みます。俺は、ハーマンを製造していた会社はもう存在せず、ハーマンは余りにも古い機種であるため、手続きが出来るかどうかわからないと伝えますが、ハーマンを家族の一員だと思っている娘は納得してくれません。娘は〈野口奉公会〉で育ち、ハーマンに育ててもらったようなものだと言います。孤児だった娘にとって、いつも一緒にいたハーマンは、家族同然の離れ難い存在だったのでしょう。
俺は、夢とは違う現実を見せてやろうと、娘を廃棄物として回収されているハーマンに会わせることにします。
満員の部屋に押し込まれたロボットたちは、補助バッテリーが切れるまで、単純な運動を続けていました。娘は、そうした多くのロボットの中からハーマンを見つけ、両手を広げ「ハーマン、ハーマン、こっちを見て。わたしよ、ハナよ、こっちを見て」と呼びかけます。
ハーマンはうつむいていましたが、娘が何度も呼びかけると、軋みながら娘の方を向きました。すると娘は、手話でハーマンと会話を始めます。話し終えた後、ハーマンの手はごとんと落ち、頭部はまたうなだれました。娘は泣いていました。耳も聞こえず、話すことも出来なくなったハーマンは、娘に「ワタシヲ シナセテ クダサイ」と手話で伝えたのです。娘は、ハーマンの意志を尊重してあげようと思います。
その時、一体のロボットがエラー反応を起こしブザーが鳴ったため監視員が駆けつけ、娘にロボットを見せた俺を咎め、娘を連れ出します。
娘と別れて一人になった俺の脳裏に、娘に言ってやりたかった言葉が浮かびます。
『俺も孤児だった。救護施設を転々として育った。名前で呼ばれ、その施設の一員になっているロボットがいることにいつも嫌悪感を抱いていた。だからロボットを組み立てる技師になった。けれども、ロボットとの別れが辛いと嘆く客の対応をしているうちに、自分がロボットよりも必要とされず、愛され気遣われることもない人間であることを思い知らされた。俺は、優しくいい人間になんかなりたくない。俺はロボットになりたい。愛され必要とされるハーマンのようなロボットに。この世界で、もう人間でいたくない』
けれども、どうしてもロボットになれない俺は、ときどき大声で泣き叫びたくなります。それは実に人間らしい感情でした。
人から愛され必要とされるロボットに嫉妬する俺を通して、いくら科学が進歩しても、人が人らしく満たされた人生を送るために必要なものは何かを示唆している小説だと思いました。
現代の社会にとっても、ロボットのアシストは、さまざまな場面で必要不可欠なものとなっています。そうした中「人間とロボットの共生」のためには、さまざまな規則やお互いの円滑なコミュニケーションが重要なことだと思います。
人がロボットと友好な関係が築けるような社会の必要性を感じた物語でした。

今日が幸せな一日でありますように。