ご挨拶
こんにちは、こんばんは、ちまです。
最近は天気がいいので洗濯物がカラッと乾いて嬉しいです。
今日お話しするのは、伊吹有喜さんの「ミッドナイト・バス」です。
あらすじ
故郷に戻り、深夜バスの運転手として働く利一。子供たちも独立し、恋人との将来を考え始めた矢先、バスに乗車してきたのは、16年前に別れた妻だった。会社を辞めた長男、結婚と仕事で揺れる長女。人生の岐路で、忘れていた傷と向き合う家族たち。バスの乗客の人間模様を絡めながら、家族の再出発を描いた感動長篇。
ひとり言
伊吹有喜さんの「ミッドナイト・バス」を読みました。
主人公の高宮利一は、東京の大学を卒業して不動産開発会社に就職しました。けれども、会社が倒産したため、妻と二人の子供と共に故郷の新潟の美越に帰り、白鳥交通で深夜バスの運転手として働いています。本名は「としかず」ですが、みんなからは「りいち」と呼ばれています。
家族で利一の実家に引っ越しをした後、妻の美雪は、同居した利一の母親のきつい言葉や振る舞いに耐え切れず、幼い二人の子供を残して家を出ます。今から十六年前のことです。
それから十六年が経ち、利一は50歳近くになります。子供二人は成人し、二十七歳になる息子の怜司は理系の大学院を卒業し東京でインターネット関連の企業に就職し、二十四歳になる娘の彩菜は、服の販売をする仕事の傍ら、ルームシェアしている二人の仲間とウエブを立ち上げ、アクセサリーや小物類を売っています。
利一には、長く付き合っている志穂という女性がいます。以前利一が働いていた会社の上司の娘で、離婚して今は東京で一人で小料理屋を営んでいます。
利一は五年前に母親も亡くなり、これからは、自分のために生きて見ようかと思い始め、志穂を初めて自宅に招きます。けれどもちょうどその日、会社を辞めた玲司が実家に帰って来ていて、鉢合わせしてしまい、志穂は東京へ帰ってしまいます。ここからこの物語は始まります。
玲司は会社を辞めた本当の理由をなかなか言い出せず、利一にしばらく滞在させて欲しいと言います。玲司は酷い湿疹を患っています。
彩菜は結婚を考えている相手がいますが、その家族との価値観の違いなど不安を感じています。そして、アイドルをしながら、仲間とウエブで立ち上げた漫画とオリジナルのグッズを販売しています。グッズの売れ行きが好調で、利一と玲司に手伝って欲しいと頼みます。彩菜は、結婚と今取り組んでいる仕事への思いのはざまで揺れています。
そうした中、利一が担当する東京から新潟へ向かう深夜バスに、別れた妻の加賀美雪が駆け込みで乗車してきます。
それから数日後、美雪から会いたいと連絡が入り、高年齢の父・敬三の面倒を見るために、月に一度新潟へ通っていることや更年期障害のため体調が良くないことなどを聞きます。
利一は、父親の介護や体調不良で疲弊している美雪の姿をみかねて、実家の手入れや父親の面倒を引き受けると約束します。そして、このことを怜司に話して、手助けして欲しいと頼むと玲司は積極的ではないものの、手伝うようになります。
美雪は、利一と離婚後、子供達とは一切連絡を取っていません。東京で再婚をして、博多に単身赴任している夫と十歳になる息子の颯太と暮らしています。夫は赴任先で不倫をしていて、美雪はそのことを知り苦しんでいます。
彩菜は自分達を置いて家を出た母親である美雪を許していません。
祖父の見舞い先の病院で鉢合わせした時には、美雪にかなりきつい言葉を投げかけます。
美雪は本当に辛い思いで、二人の子供を残して家を出たのだと思います。同時に彩菜もまた、日々の暮らしの中では明るく振る舞ってはいますが、心の奥底では自分達を置いて家を出た母親との葛藤のため、苦しい思いをしていたのです。
美雪が利一の前に現れたことによって、いろいろな行き違いから、利一と志穂の関係もぎくしゃくしてきます。
そうした時、玲司が美雪が家を出て行った日のことを利一に話します。『美雪が大きなバッグを持って一度家を出たが、すぐに戻って来た時、「なんで戻ってきた。一人で行けよ」と言ったこと。そしてそれは祖母と母との確執に気づいていたため、もう母親の泣く姿を見たくないとの思いから出た言葉であったこと。彩菜は母親と一緒に出て行った方が良かったのではないかと思っていることなど。』
利一は、子供達が両親のことで苦しく辛い思いをしていた事を何も知らなかったことに愕然とし、自分を責めます。そして、このことをきっかけに志穂との関係を見直し、このままでは志穂を不幸にしてしまうと思い、別れを決心して志穂の元から去るのです。
そうした中、美雪の父敬三は、みんなに負担をかけたくないとの思いから埼玉の施設に入ることを決意します。
利一は玲司に、敬三が施設に入る前に、家族で集まることを提案します。
利一・敬三・美雪・玲司・一日遅れで彩菜が集まり、それぞれの思いを語り合います。そして近くにいた青年に頼み、車椅子の敬三をまん中にして、五人の写真を撮るのです。そうした事が出来るようになったのは、五人のそれぞれの心の中にあったわだかまりが、少しずつ解けていったからだと思いました。
敬三が埼玉の施設に移る日、これまでは敬三のことに無関心だった美雪の夫と息子の颯太が迎えに来ます。
彩菜は母親の美雪から譲り受けた朱鷺色の訪問着を着てレストランに現れ、みんなを驚かせます。初めて会った颯太と玲司と彩菜はすぐに打ち解けます。一人っ子の颯太にお兄さんとお姉さんが出来たのです。離れていた家族の心が、会って話すことによって少しずつ近づいていったのだと思いました。
それからしばらくして、突然玲司が、アジア系企業に勤めている大学院時代の先輩が誘ってくれたのでインドで働くと言い出します。
彩菜は、相手の母親と上手く付き合って行けそうもないので、婚約は解消したと言います。そして、仕事を辞めて、友人達とウエブコミックの活動を仕事とする会社を設立し、今後はこの会社に全力を注ぐと言います。
二人は今まで心の中に閉じ込めていた思いを少しずつでも言葉にすることが出来て、新たな一歩を踏み出すことが出来たのだと思いました。
その後、利一は玲司の酷い湿疹の原因を玲司から聞きます。
「大学の時から交際し一緒に暮らしていた女性がいた。人間関係に疲れて会社を辞めた後、毎日ゲームをして過ごしていた自分に彼女から今後のことを相談された。その彼女の切実な相談に対して、自分はゲームに夢中で適当に答えていた。そうした翌朝、女性は大量出血して流産してしまった。結婚しようと言ったが、こんな生活は嫌だと出て行ってしまった。それから腰に吹き出ものが出てくるようになり、それが泣いている子の顔に見えて掻きむしってしまう。そして、彼女の訴えに真剣に取り合わなかったことを後悔していることなど」
玲司は、取り返しのつかないことをしてしまったという自責の念で苦しんでいたのです。
そして、玲司は言います。「この町にはなにもないと思っていたよ。だけど、家族がいたんだね」
そうした話を聞いた利一は、後悔しないため、もう一度志穂との関係を見直そうと思います。志穂は店を畳んでいましたが、何とか居場所を探し出し、志穂の勤める京都の薬膳カフェへ深夜バスに乗って会いに行こうと決心するのです。
利一もまた、新たな一歩を踏み出そうとしているのです。
離れていた家族が、会って語り合うことによって、それぞれが抱えている苦悩を少しずつ乗り越えて、前に一歩踏み出すことが出来たのだと思いました。
この物語は各章に、深夜バスに乗車する親子や夫婦のちょっとした物語が挿入されています。このことによって,この物語が家族の物語であることを一層強く感じました。
私は、気遣いが出来て優しくて、でも不器用な生き方しかできない玲司が、家族が絆を取り戻すために大きな役割を果たしたと思います。
家族が絆を取り戻すきっかけになる要所要所に玲司が関わって、その優しさにみんなが助けられていると感じました。
人生には、その時々に決断しなければ時が訪れます。その時何が最良の選択なのかを考えながら、最後は自分で判断しなければいけません。
その判断が、必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。それでも、後悔しないために、自分の決断で前を向いて、一歩を踏み出す勇気を持たなければならない時があるのだと感じた一冊でした。
今日が幸せな一日でありますように。