【感想】麻宮 ゆり子「捨て猫のプリンアラモード」【あらすじ付き】

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雑記
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ご挨拶

こんにちは、こんばんは、ちまです。
寒くなってくると雀がモクモクになっていて見ていて癒されます。
今日お話しするのは、麻宮ゆり子さんの「捨て猫のプリンアラモード」です。

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あらすじ

オリンピックまで2年、昭和37年の東京。
17歳の郷子は、2年前に集団就職で上京したものの、劣悪な労働環境から工場を逃亡した。
そのまま上野駅でうろうろしていたところを、浅草にある「洋食バー高野」のおかみ・とし子に拾われ、そこで働くことに。
工場での食事のトラウマからずっと食べられなかったカレー、初体験! 揚げたて熱々カツサンド、心に沁みわたる感動のプリン……。
美味しく温もりあふれる絶品料理と人びとに出会い、郷子は新しい“家族”と“居場所”を見つけていく。
平日の昼間から多くの人が集う、下町の社交場「洋食バー高野」を舞台に描く、少女の上京物語。

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ひとり言

麻宮ゆり子さんの「捨て猫のプリンアラモード」を読みました。
物語は、東京オリンピックを2年後に控え、高度成長期を迎える昭和37年の浅草を舞台に始まります。
17歳の畠山郷子は、親に売られるような形で就職した集団就職先の劣悪な労働環境に耐え切れず、勤め先の工場から逃げ出します。頼る人も無く、追いかけて来た工場の人に捕まりかけていた所を、「洋食バー高野」の女将のとし子に拾われ、そこで働かせてもらうことになり、郷子の浅草での新しい生活が始まります。
郷子の勤務先の劣悪な労働環境を知ることによって、働き方改革に取り組んでいる現代でも、過労死・パワハラ・セクハラ・サービス残業・非正規雇用など、まだまだ多くの課題が残されていると改めて感じました。
郷子は、女将のとし子や料理長の谷村、盲目でお嬢様育ちの小巻、コック見習いの勝、先輩ウェイトレスの真澄、浮浪者のヒロさん、近所の人々、お店の常連さん、優しく見守ってくれる叔父さんなど多くの人に助けられながら、様々な困難を克服し、力強く生きて行きます。
お店の常連で郷子の親友となる小巻は、7歳の時病で視力を失いますが、明るく前向きに生きています。勝は、兄が徴兵されたため、両親から家業を継ぐことを望まれ、本人もそうした夢を持っていたものの、兄が復員したため家を追い出されるかたちで夢を断ち切られました。真澄は戦災孤児で、未だ家族との別れを受け入れることが出来ていません。戦後の高度成長期に移行している時代とはいえ、まだまだ戦争の傷跡が多く残っているのです。けれども、皆前向きに懸命に生きています。
郷子は自分を守るため、集団就職先で働いていたころから常に小さなバールを持ち歩き、毎日磨いています。けれども郷子に暗さとか悲壮感はなく、仕事の失敗などで落ち込んでも直ぐに立ち直る強さがあります。本当に見習いたい程の立ち直りの早さです。
周りの人に支えられながら、自分の環境に卑屈にならず自分の居場所を見つけ、わだかまりを払拭して楽しみながら逞しく生きていく郷子の姿には、応援せずにはいられませんでした。
文中に、小巻が郷子に「キョーちゃんは初めて食べるものがいっぱいあるから、楽しみもいっぱいだね」という言葉が出てきます。小巻の言いたい事とは少し違いますが『空腹こそ最高のご馳走』という言葉を思い出しました。食べ物やいろいろな便利な物に恵まれている現代、私達はそれらの物を雑に扱い過ぎている様な気がしました。災害などによって、断水や停電、食料の不足などが起きると、その時はその有り難みを痛感していても、しばらくするとまた元の生活に戻ってしまいます。私達はもっと、今の生活に感謝して生きていかなければならないと感じました。
物語に出てくる郷子を囲む人達が皆個性的で温かく、人を自然に受け入れることの出来る下町の人の優しさと共に、人を幸せにする料理の力も存分に感じることの出来る物語でした。
読み終えた後、逆境に屈することなく、前向きに生きる郷子や郷子のことを温かく見守ってくれる人達のその後の人生を見てみたいと思いました。
そして、いろいろ波風があっても乗り越えて、幸せに暮らしていて欲しいと思いました。

今日が幸せな一日でありますように。

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