ご挨拶
こんにちは、こんばんは、ちまです。
最近は色々と新しい事に挑戦しています。新しいことを知るのはとても楽しいです。
今日お話しするのは、岸 政彦さんの「リリアン」です。
あらすじ
大阪のある街で暮らす35歳のジャズベーシストの男は、スナックでバイトをしている10歳年上の美沙と出会います。そして、ふとしたきっかけで付き合うようになります。
何か特別なことが起こる訳ではありませんが、大阪弁の鉤括弧の付かない二人の会話はさりげなく、二人の人生が感じられ、いつのまにか引き込まれて行きます。
優しく静かな余韻の残る物語です。
ひとり言
岸 政彦さんの「リリアン」を読みました。
大阪のある町に暮らす35歳のジャズ・ベーシストの男「俺」の語りで物語は進められます。
彼は、ジャズクラブでの演奏や音楽教室での講師の収入で、何とか生活を維持しています。けれども、自分より上手な演奏家はいくらでもいるし、そろそろ今の生活を見直して、音楽をやめようかと考えています。
そうしたある日、彼は、バー『ドミンゴ』でアルバイトをしている10歳年上の美沙と出会い、ふとしたきっかけから付き合い始めます。
本書の多くを占めている二人のさりげない大阪弁の会話は、男女の会話というより何か親友同士の会話を聞いているようでした。
スティービー・ワンダーの曲からコード進行の話へ進み、彼の弾くギターの音からクジラの鳴き声を動画サイトで楽しみ、夜を万博公園の展望台で過ごし、彼の部屋で抱き合いながら、二人は語り合います。音楽に詳しくない美沙が、音楽に関する彼の話に、思いがけない反応をするのがとても新鮮で、そうした感性が、少女のような雰囲気を持った美沙の魅力なのだと思いました。
美沙は彼に、未婚で産んだ娘を、10歳の時淀川の水難事故で亡くしたことなどを話し、彼も美沙に、家族のことや音楽の才能の壁を感じていることなど打ち明けます。
ある日、美沙がリリアンってわかる?と彼に聞いたことをきっかけに、彼は小学生の頃の思い出を話します。
クラスで仲間はずれにされていた女の子が、背中を丸め、独りでリリアンの紐を編んでいた姿を今でも時折思い出すねん、と。この話は美沙の印象に残ったようで、その後、何度もその話をしてと彼にねだります。自分が子供の頃編んでいたリリアンと仲間はずれにされていた少女が編んでいたリリアン、そして、その時の少女の姿と亡くなった娘の姿がオーバーラップしたのでしょうか。
彼は万博公園の展望台の頂上で、美沙に一緒に住まへんかと言った直後、絶対に言ったらあかんことを言ったと後悔します。そして彼は、美沙に受け入れられたことで返って混乱し、どうしていいかわからなくなってしまい、美沙に連絡を取れなくなってしまいます。優しさ故に複雑に考え過ぎて、前へ進めなくなっているのです。それは、彼の音楽に対する姿勢にも現れているように感じました。
美沙もまた、連絡が無くなって2ヶ月が過ぎても、連絡を取ろうとはしません。主体性がない訳ではないけれど、何事もありのままを受け入れ、自然体である美沙らしいと思いました。美沙は、20代半ばの頃、仕事が忙しく淋しく疲れて、子供が欲しくなったのだと言います。未婚で一人で子供を育てていた仕事明けの大晦日、自分が寝ている時に娘を事故で亡くしたことは、彼女の自責の念としてずっと背負っていくのではないかと思いますが、そうした苦しみを自分から人に頼って癒そうとしない今の美沙の強い一面を見たような気がしました。子どもを授かり、その後その子どもを事故で亡くしてからの月日が彼女の生き方に影響を与えたのだと思いました。
お互いに連絡を取らないまま、大晦日のライブの日を迎えます。ステージに立ちちょっと緊張している彼は、いちばん奥の遠い客席にいる美沙と目が合い、二人で同時にちょっと笑います。その微笑ましい光景が、目に浮かぶようです。そしてライブが終わった後、二人は何事もなかったように会話をし、これまで通りの付き合いを始めるのです。
お互いに相手を思いやり気遣い、適度な距離を取って付き合おうとする二人の姿が、淡々と描写されていました。そして、二人だけの会話の時には鉤括弧が外されていて、二人の会話がより一層身近に感じられました。
何か特別な事が起こり結末があるストーリーではありませんが、読み終えた後、ほのぼのとした心地よさを感じて、静かな夜にまた読みたくなる物語でした。
今日が幸せな一日でありますように。