【感想】川上 弘美「センセイの鞄」【あらすじ付き】

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ひとり言
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ご挨拶

こんにちは、こんばんは、ちまです。
最近、毎日雨が降っています。早くお日様が見たいです。
今日お話しするのは、川上弘美さんの「センセイの鞄」です。

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あらすじ

センセイ。わたしは呼びかけた。少し離れたところから、静かに呼びかけた。
ツキコさん。センセイは答えた。わたしの名前だけを、ただ口にした。
駅前の居酒屋で高校の恩師・松本春綱先生と、十数年ぶりに再会したツキコさん。以来、憎まれ口をたたき合いながらセンセイと肴をつつき、酒をたしなみ、キノコ狩や花見、あるいは列車と船を乗り継ぎ、島へと出かけた。その島でセンセイに案内されたのは、小さな墓地だった――。

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ひとり言

川上弘美さんの「センセイの鞄」を読みました。
37歳で独身の大町ツキコは、サトルさんが営む馴染みの居酒屋で、高校時代の国語の先生だった松本春綱先生と再会します。その時ツキコは、先生の名前を思い出すことが出来ず、センセイと呼んでその場をごまかし、それ以来お互いを「センセイ」「ツキコさん」と呼び合うようになります。センセイはツキコより30歳年上です。
二人は、その後も居酒屋で出会うと、お酒を飲みながら、とりとめのない話をして過ごします。そしてツキコがセンセイの家に行ったり、一緒に出かけたり、些細なことから口を聞かなくなったりしながら、センセイとツキコの交流はゆるやかに続きます。この二人の距離感が本当に素敵で、慌ただしい日々の中、ほっとして別世界にいるように感じました。
春になってセンセイは、毎年高校の始業式前に開催されているお花見にツキコを誘います。ツキコはあまり気が進みませんでしたが、センセイとお花見に行きます。しばらくするとセンセイは、美術の女教師の石野先生と並んで楽しそうに話し始めます。そうした時、高校の同級生だった小島孝がツキコに話しかけます。小島は高校時代ツキコに思いを寄せていました。二人は花見を抜け出しバーへ行きます。ワインを飲み、食事をしている時、ツキコは、センセイのことが時折頭の中をよぎります。
その後、ツキコは小島に旅行に誘われますが、センセイと会うことによって「小島孝とは旅行に行きたくない」とはっきり自覚し、勢いで「センセイが好きなんだもの」と言ってしまいます。小島の前では、ツキコは居心地の悪さを感じて緊張して硬くなっていました。一方、センセイの前では、食べ物の好みも合い、支払いは割り勘にするなどいつも自然体でいることが出来ました。不器用で子供っぽさの残るツキコにとって、年上で知性豊かな、それでいて茶目っ気があり包み込んでくれるようなセンセイの存在は、ありのままのツキコでいることが出来るかけがえのない人だったのでしょう。
あるときセンセイは、ツキコに「島にいきませんか」と言います。ツキコは期待に胸を膨らませます。島は、センセイの妻が出奔して何人かの男の人と暮らし、最後に流れついて車に轢かれ亡くなった場所でした。センセイは「ツキコさんと、一緒に来ようと思ったのです」と言い「今でも妻のことが気になるんでしょうかね」と言います。ツキコはその言葉に憤慨しますが、それでもセンセイと離れると早く帰って来て欲しいと思います。
島から帰った後、ツキコは、もうセンセイ会うのはやめようと思います。けれども、センセイと会わなくなってしばらくぶりにサトルさんの店に行き、センセイが酷く咳き込んでいてそれ以降お店に来てないことを聞くと、10分以上もセンセイの家の前をうろうろして、やっとの思いでセンセイを訪ねるのです。センセイは、しゃがれ声で無精髭を伸ばし、孫のお古のTシャツを着て出て来ましたが、元気だと言います。その時ツキコは、「いつだって、死はわたしたちのまわりに漂っている」と実感します。そしてツキコは、センセイは居てくれるだけで生きているだけでいいと思います。ツキコはセンセイと付き合うようになって、段々少女のようになって行くようです。また、センセイも少年のようです。
その後、ツキコはセンセイに美術館でのデートに誘われます。美術館を出てセンセイが言います。「ワタクシはいったいあと、どのくらい生きられるでしょう」「ずっと、ずっとです」とツキコが叫びます。少年と少女のような交際をする二人ですが、30歳という歳の差は、死というものを考えざるを得ないのだと思いました。
そうした会話の後、センセイは何回か咳払いをし、「恋愛を前提としたおつきあいをして、いただけますでしょうか」とツキコに言います。ツキコは、センセイの胸の中で少し泣き、「前提で、おつきあいしてさしあげましょう」と返事をします。
センセイと再会してから2年、先生の言うところの「正式なおつきあい」を始めてから3年後、センセイはツキコを残して亡くなります。
センセイは、いつもセンセイのそばにあった鞄を遺言でツキコに残します。今その鞄は、ツキコの鏡台の横にあります。
その鞄を通して、「ツキコさん、ワタクシはいつでもあなたのそばにいて、あなたのことを見守っていますよ」と言うセンセイの声が聞こえるような気がしました。センセイの鞄はこれからはずっとツキコのそばにあって、ツキコの心の中でセンセイはずっと生き続けることでしょう。
センセイとツキコの、再会から別れまで、ずっと変わらない丁寧な言葉使いの会話がとても心地よく感じました。
静かで独特の時間の流れを感じ、最後は悲しい結末なのですが、何かあたたかい余韻が残る素敵な物語でした。

今日が幸せな一日でありますように。