【ちまのひとり言】サマセット・モーム「月と六ペンス」

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雑記
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ご挨拶

こんにちは、こんばんは、ちまです。
日差しが強くなってきたので、お出掛け用に最近サングラスを買いました。 今日お話しするのは、サマセット・モームさんの「月と六ペンス」です。

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あらすじ

あるパーティで出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。
パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは――。

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ひとり言

この小説は、画家ポール・ゴーギャンの生涯にヒントを得て書かれたものです。

サマセット・モームさんの「月と六ペンス」を読みました。
この物語は小説家である「私」が語り手になって、すでに亡くなっている天才画家と言われたチャールズ・ストリックランドの人生を語る形で書かれています。
私は、ストリックランド夫人から昼食会に招かれ、彼女の夫チャールズ・ストリックランドと知り合います。ストリックランドは、株売買の会社を共同経営していて、夫婦の間には、2人の子供がいました。しかし彼は、ある日突然何も語らず、家族も仕事も捨て失踪してしまいます。
私は夫人にストリックランドを連れ戻すよう頼まれ、彼がいるというパリを訪れます。しかしそこには、駆け落ちしたとされる女性の姿はなく、ストリックランドは一人で貧しい生活を送っていました。彼は、絵を描くために今までの生活を捨てたのだと言います。私は彼のこの身勝手な振る舞いを批判し、戻るよう説得しますが、彼は聞く耳を持ちません。
夫人にそのことを伝えると彼女は酷いショックを受けますが、しばらくするとタイピストの仕事を始め、自立して行きます。
ストリックランドは、生活の全てを絵を描くことに費やします。その後彼は重病になり、その時親身になって介護をしてくれたのは、三流画家のダーク・ストルーヴとその妻ブランチでした。
ブランチは、ストリックランドの看病をするうちに彼に好意を持つようになり、夫を棄てて彼と同棲するようになります。けれども、ストリックランドには受け入れてもらえず、服毒自殺してしまいます。ストルーブは三流の画家でしたが、ストリックランドの作品の素晴らしさを見抜いていました。そのため、このような酷い仕打ちを受けてもストリックランドの才能を嫌いになることができませんでした。ここでは、ストリックランドの自分本位の身勝手さとストルーヴのお人好しとも言える優しい人柄が、対照的に描かれています。
その後、私は彼と会うことはありませんでした。
ストリックランドは最後に辿り着いた地、タヒチで亡くなります。そして彼の絵は、死後脚光をあびるようになり、途方も無い高額の値段がつけられるようになります。
私は、最後に彼にあってからの彼の人生を知りたいと思い、彼が亡くなったタヒチを訪れます。そこで様々な人から話を聞くことにより、彼が全てを投げ売って取り憑かれたように絵を描くことの意味を理解していきます。
ストリックランドは、パリを出ていくつかの都市を放浪した後、最終的にタヒチに落ち着き、タヒチを終の棲家にしようとします。
彼はそこで、30歳近く離れた島の娘アタと結婚します。
ストリックランドは絵を描きながら、しばらくは幸福なときを過ごしますが、ハンセン病に罹ってしまいます。ストリックランドは、山に入るつもりだと言いますが、アタは、別れるのなら死ぬと言い、どこでも一緒に行くと言います。そしてストリックランドは、山に入ることをやめ、今いる場所に留まることを決意します。アタはストリックランドを深く愛し支えていたのだと思いました。そして絵を描くことの他には興味のないストリックランドも彼なりに、アタのことを愛していたのだと思いました。
ストリックランドの最後の仕事は、病魔に倒れた自分のいる部屋の壁と天井に絵を描くことでした。絵を描き終えると、ストリックランドは自分のやり遂げた作品に満足してこの世を去ります。ストリックランドは遺言として、自分が死んだら家を燃やすことをアタに命じていました。アタがその遺言を実行したため、ストリックランドの最後の絵を見たのは、彼が死んだ直後にやってきた医者とアタとその息子だけでした。
その絵を見た医者は私に次のように言います。「あの壁画ほど私の魂を揺さぶった絵は、いまだかつて見たことがありません。ヴァチカンの礼拝堂で見たミケランジェロの天井画にも畏敬の念を覚えたが、ミケランジェロは正気で健全です。しかしストリックランドの絵には不安を感じ、しばらくすると、恐怖に耐えきれず、目に見えぬ恐怖で金縛りにあったようになります。だからあの傑作が焼かれたと聞いてもあまり惜しいと思わなかったのです」
私達読者は、彼の最後の作品をこうした描写から想像することしか出来ませんが、絵を描くことに取り憑かれた彼の魂の叫びを表現した作品だったのではなかったのではないかと思いました。
私はロンドンに帰り、ストリックランド夫人に連絡を取り、夫人と子供達に、タヒチでの
ストリックランドについて、知り得たことを伝えます。
ストリックランドは、死後にその作品が評価されるようになった画家です。存命中は、世間の評価など全く気にせず、絵を描くこと以外の他のものは眼中になく、最後まで自己本位に生きた画家でした。
タヒチで話を聞いた船長は、美に取り憑かれたストリックランドに共感を覚えたと言います。
ストリックランドの絵は、彼の没後高値がつき彼は名誉を得ますが、生前はお金も名誉もなく彼は亡くなります。社会の常識を無視して生きることは難しいことです。
ストリックランドは、自分の信じたものに忠実に生きました。そうした彼の生き方に共感する人、反感を覚える人、さまざまだと思いますが、一人の画家の人生を通して、自分には出来そうもない生き方と彼の残したものの関係性には、考えさせられるところがありました。
タイトルには諸説ありますが、私は読後、「月」は人生を「六ペンス」は現実を象徴しているのではないかと思いました。

今日が幸せな一日でありますように。

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