【小説】安壇 美緒「ラブカは静かに弓を持つ」【感想・あらすじ】

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ひとり言
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ご挨拶

こんにちは、こんばんは、ちまです。
冨樫義博展に行ってきました。幽遊白書やレベルE、ハンターハンターの原稿やイラストを見てきました。世界中で大人気の作品の直筆の資料を見ることができあの作品は本当に人の手で描かれたと物なのだと再認識しました。スムーズな入場ができ展示場も混雑していなかったので、とても良かったです。物販もとてもスムーズで目当ての品物も購入できたので大満足です。
今日お話しするのは、安壇美緒さんの「ラブカは静かに弓を持つ」です。

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あらすじ

全日本音楽著作権連盟に勤める橘樹は、二年間の音楽教室への潜入調査を命じられます。
著作権のある楽曲の、音楽教室のレッスンの中での使用状況の調査です。
橘は少年時代、チェロ教室の帰りに誘拐未遂事件に遭遇し、それ以来、チェロに対してのトラウマに苦しみ孤独に生きています。
橘は、音楽教室で講師の浅葉桜太郎のもとに通い始めるうちに、再びチェロを奏でることに喜びを感じるようになりますが、その反面、講師や仲間を裏切っているという罪悪感に苦しみます。
人間関係において、信頼関係の大切さを音楽を通して描いた物語です。

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ひとり言

安壇美緒さんの「ラブカは静かに弓を持つ」を読みました。
25歳の橘樹は、全日本音楽著作権連盟に勤務しています。ある日橘は、チェロを習っていた経験を買われて、上司からミカサ音楽教室へ二年間生徒として潜入することを命じられます。音楽の著作権使用料を大手の音楽教室から徴収するにあたって、著作権のある楽曲の使用状況を調査するためです。
橘は十三歳の時、チェロ教室の帰りに誘拐未遂に遭いました。そのことをきっかけに祖父の勧めで五歳から始めたチェロを辞めることになり、大人になった今でもチェロを見ると動悸がしたり不眠になったりと、子供の頃のトラウマを抱えて苦しんでいます。
橘は、会社の業務命令に従って経歴を偽り音楽教室に潜入し、講師の浅葉桜太郎のもと、チェロの個人レッスンを受け始めます。
人付き合いも苦手で不眠症にも悩まされ、チェロに対してトラウマを抱えていた橘でしたが、音楽教室に通ううち、浅葉の人柄にも惹かれ仲間もでき、チェロを奏でることに楽しさや喜びを感じるようになります。そしてチェロにもう一度向き合いたいと思うようになり、徐々にかつてのトラウマから解き放たれて、自分を取り戻すことが出来るようになります。
けれども橘は、会社の業務命令で音楽教室に潜入した調査員です。著作権法を侵害している証拠を集めて、いずれ法廷で証人尋問に立たなければならない立場です。チェロを奏でることに喜びを感じる反面、講師や仲間を裏切っているという自責の念に橘は苦しみます。文中から橘の葛藤が痛いほど伝わってきます。
音楽教室の講師の「講師と生徒のあいだには、信頼があり、絆があり、固定された関係がある。それらは決して代替のきくものではない」という言葉や、橘がカウンセリングを受けている医師の「無数の信頼の重なりの上に、人間関係は構築される」という言葉に、仕事のためとはいえ、自ら信頼関係を裏切らざる得なかった橘の苦悩の大きさを再度感じました。
孤独な世界で生きてきた橘は自分との孤独な闘いの中、自分にとって何が大切なものなのかを模索し、潜入調査で得た証拠を全て消滅する決断をします。今度は、会社に対しての裏切りです。その時の描写は緊張感に溢れ、ハラハラしながら読みました。
橘は、会社側の事情により法廷で証言に立つ必要がなくなります。けれども、音楽教室から円満な退会が出来るようになった目前、最後の挨拶をするために訪れた浅葉の前で全著連の社章を落としてしまい、最悪の形で浅葉に全著連から送り出されたスパイであることがばれてしまいます。この先の展開を想像しながら、不安を抱きながら読み進めました。
浅葉の前では、開き直った態度を取った橘でしたが、またもとのトラウマを抱えて生きてきた状態に陥ってしまいます。けれども、橘の任務を知ったにもかかわらず、自分達のライブに誘ってくれるかつての仲間の思いやりなどに接するうち、再びチェロに向き合いたいと思うようになります。チェロを通しての深い絆を感じました。
エピローグでの、会社を辞め音楽教室へ再入学し、浅葉のもと再びレッスンを受けることになった橘と浅葉とのやり取りには救われました。
業務命令を遂行する過程での、橘の罪悪感や自己保身などの心の変化、その後の自分にとって本当に大切なものを模索する姿がリアルに描写されていて、最後まで緊張感を持って読みました。タイトルのラブカは、グロテストな外観の深海に生息するサメのことで、読後、橘の孤独と照らし合わせ、なるほどと思いました。
現代社会において、信頼関係が失われるような問題が数多く出て来ています。「無数の信頼の重なりの上に構築される人間関係」のない人間関係は、生きていく上で不信感しか覚えず不安で不幸なことです。
最初は裏切りから始まった物語でしたが、最後は信頼関係の回復で救われ、人が不安なく生きていく上での信頼関係の大切さを再認識しました。
チェロの音色の描写も素敵な一冊でした。

今日が幸せな一日でありますように。